ちょっとまじめに...

暑い日が続きますね。みなさま熱中症にはなっておられないでしょうか?

一昨日までのお盆休み。私は実家に戻って久々に父方・母方の両方の墓参りに行き、また父方のいとこたちが帰省していたので、にぎやかに過ごしました。

 

楽しい時期ではあるのですが、同時に、ちょっと敬虔な気持ちになる時期でもあります。

 

私の祖父母は父方母方ともあの時代を生き延びましたが、父方の祖父の弟がインドシナ(現在のベトナム辺り)で、母方の祖母の兄がニューギニアで、それぞれ戦死しています。

祖母の兄は「たぶん死んだのだろう」としか分からないのだそうです。同じ部隊の生き残った方が復員後、わざわざ訪ねてきて、弱り切って動けなくなった祖母の兄を残して移動せざるを得ず、その動けなくなった姿を見たのが最後だと、話して下さったのだそうです。

祖母の母(私の曽祖母)は、戦後横井さんや小野田さんが見つかるたびに、「息子も生きてるかも知れん」と言っていたそうです。

 

祖父の弟の遺骨も戻ってきていません。骨箱は来たそうですが、中身は石ころだったそうです。

 

母方の祖父も出征はしたのですが、すぐに銃撃でけがをしたためあっという間に本土に送還され、そのまま入院先の病院で終戦を迎えたそうです(祖母いわく「行ったと思ったらもう帰ってきた」)。

ただ、祖父が戻ってこなかったら母は生まれていなかったわけで、当然私もこの世にいないわけです。「運が良かった」とも言えるのですが、そういう一言で片づけるのはあまりにも残酷なのが戦争だと思います。

また怪我の後遺症で左の肘が曲がらなくなってしまっていたそうです。祖父は私が幼稚園の時に亡くなってしまっているので、残念ながら話を聞く機会はありませんでした。

 

父母の実家は田舎なので空襲の被害を受けることはありませんでしたが、縁故疎開を受け入れる方の立場で、人間関係の軋轢など色々あったようです。母方の祖母は5年前に亡くなりましたが、祖父や自分の兄の話はよくしてくれたものの、疎開者の話はきいたことがありません。

 

私はもちろん戦争を体験していない世代ではありますが、同時に世界のどこかでは今も戦争が起こっているわけで、「知らない」わけではない。ただそれはあくまでテレビ番組の中だけで、一体どんなものかはわからない。

でも、「良くない」ものだということはわかります。「知らない」世代であっても、「良くない」ということを再認識することはできるわけです。

 

年に1度ですが、そんなことを考える機会として、今後もお盆を過ごしたいなと思います。

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